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ミニコラム

ArialとMSゴシック

投稿日:2025年3月19日|最終更新日:2025年3月19日

2025年のグラミー賞では最優秀ダンス/エレクトロニック・ミュージック・アルバム賞など、3冠を達成したCharli XCXのアルバム「brat」。

クラブ志向の尖ったダンスミュージックでありながら、どこか内向的な繊細さを合わせもつこのアルバム、商業的な成功のみならず、Rolling Stone、New York Times、The Guardianなど英米主要メディアが2024年のベストアルバムに選出するなど、批評家にも大変高く評価されました。 そして、この作品で、音楽と同じくらい話題になったのがそのアートワーク。

https://x.com/charli_xcx/status/1762841935298150690

蛍光グリーン(Pantone 3507C)を背景に、にじんだスミ文字で中央に書かれた「brat」。ネット上では「安っぽい」「手抜き」といったネガティブな意見もあったようですが、インパクトは強烈で、brat(悪ガキ)という言葉の意味ともあいまって、一度見たら忘れない強い主張を感じます。

 

デザイン全体のパワーもさることながら、常日頃、本作りに携わる人間として、個人的に注目したいのはそのフォント。タイトル「brat」に使用されたのは、初期のMicrosoft Officeなどで標準搭載されていたArial Narrowを思わせるちょいダサフォントです。

 

実際には、Arial Narrowそのものではなく、微妙に文字のバランスを調整したカスタムフォントのようですが、英語版Wikipedia(https://en.wikipedia.org/wiki/Brat_(album) )によれば「chosen for its non-“precious” feel」、ありがたみのない、手垢のついたフォントとして、意図的にこれを採用しているようです。

 

定型化されたCoolなデザインを拒み、みなが既視感をもつ、特別と思われないフォントをあえて選ぶところに、brat(悪ガキ)Charli XCXの反骨心を感じます。

 

なるほど、時にHelveticaのバッタ物扱いを受けるArial(そして、そのCondensed版のArial Narrow)は、Office標準フォントとして多用された結果、日本語圏におけるMS ゴシックのような存在になってるのね。そう思っていたら見つけたbrat日本版ジャケットがこちら。

B0DPFRN88M

Amazon Japan商品ページより
MSゴシック! おお、そなたはまさしくMSゴシック! ワーナーミュージック・ジャパン、さすがですね。

 

こちら厳密には、MSゴシックにかなり長体をかけて文字間をつめ、手動でベースラインを整えたもののよう。参考までに、下記にWord上で40%長体をかけたMSゴシックの出力を載せます。そのままだと、びっくりするくらいベースラインがガタガタです。

この要所要所で美しくないところがMSゴシックが一部で嫌われる理由でもありますが、それでもなんだろう。この懐かしい気持ち。激しく長体のかかったMSゴシックを見つめていると、路地裏の匂いで幼少期を思い出すように、午後11時、ピー、ガーとにぎやかなモデム音を聞きながらPostPetでメールをチェックしていた、小さなワンルームアパートを思い出します。

 

MSゴシック、少々お行儀悪く、よそ行きにはなりづらいフォントですが、それでも私たちの記憶の中では結構な場所を占めているのかもしれません。90年代から2000年代初頭のパソコン文化を支えた功労者として、その存在を認めてあげたい気持ちにもなります。
好きか嫌いか、と聞かれると好きではないのですが。(R&D かつの)